本州最西端に位置し、三方を海に囲まれ自然美にあふれた山口県。
今日はどこを旅してみようかな♪
櫛崎城跡(くしざきじょう)を整備して造られた関見台公園。旧下関市立水族館の施設「くじら館」がモニュメントとして佇み、桜の名所としても知られています。
復元された天守台からは関門海峡を一望でき、御船手海岸からも美しい景観を楽しむことができます。![]()

桜の名所としても知られる関見台公園。駐車場からきつい坂を上がる必要があるけど、徒歩5分くらいだろうか。
雰囲気的に見れば、桜の穴場スポットとも言えるかもしれない。
関見台公園は櫛崎城跡を整備して作られた公園だ。城は残されていないが、天守台の石垣が復元されている。
櫛崎城は大内氏、毛利氏の家臣だった内藤隆春(1528~1600)が築城したとされている。
慶長5年(1600)関ヶ原の戦い後、毛利秀元が長府藩祖になり、長府藩の居城として改修。雄山城(かつやま)とも称していたようだ。
櫛崎城は、元和元年(1615)に江戸幕府により制定された一国一城令により廃城。その後は隣接地に居館が置かれた。
幕末には、関見台台場と城山台場の2つの砲台を築造して攘夷(じょうい 江戸末期の思想で、武力行使で外国人を退けること)に備えていた場所だ。
文久3年(1863)5月、長州藩は攘夷を決行。関門海峡を封鎖し、外国船(アメリカ・フランス・オランダ)を砲撃した(下関事件)。
元治元年(1864)2月、長府藩は外国からの報復に備えて、勝山御殿に居館を移している。
2つの砲台は、元治元年(1864)8月の四国艦隊下関砲撃事件(イギリス・アメリカ・フランス・オランダ)で、真っ先に砲撃を受けて破壊されたとのこと。
長府藩主の居館を勝山御殿に移して正解だったというわけですな。
なお、下関事件、四国艦隊下関砲撃事件の両方を合わせた総称は下関戦争と呼ばれている。

豊功神社入口に近くに行ってみると、ここにも石垣が残されていた。
関見台公園から豊功神社までは近い。車での移動でもいいけど、歩いた方が手っ取り早い。
というわけで、関見台公園の旅の際は必ず豊功神社をセットにしておこう。
さて、関見台公園にひまわりを植えましたという情報を得たけど、前年に比べて規模が小さくなっていた。おまけ程度な感じ。
今後は規模が大きくなることに期待して待ちたい。
関見台公園のもう一つのシンボルは「くじら館」だろう。このくじら館は、昭和33年(1958)にシロナガスクジラをモデルとして製作され、関見台公園横にあった下関水族館のシンボルでもあった。
くじら館は下関水族館の移転に伴い、2000年12月に閉館。現在は館内に入ることはできず、眺めるだけのモニュメントになっている。
下関水族館は昭和31年(1956)から、平成12年(2000)まで開館されていた。老朽化に伴い唐戸地区に移転し、2001年より「下関市立しものせき水族館 海響館」として開館。
下関水族館の跡地は関門医療センターになっている。
関見台公園から御船手海岸に降りることもできる。この御船手海岸からは、野生のスナメリの姿が観察されているのだとか。
スナメリ
海岸からスナメリが見える場所は全国的に非常に珍しく、近ければ海岸から5m程の距離まで近づいてくるのは御船手海岸以外にはないだろうとのこと。
双眼鏡や、望遠レンズがあるといいのかな。
この時は満潮だと思うけど、ギリギリ波打ち際まで寄って何とか関門大橋を見ることができた。


関見台公園
旅をした日
2010年09月10日
2015年02月01日
2022年04月04日
2024年08月07日
2024年08月15日
………………………………………駐車場
有り(20台)
………………………………………周辺の立ち寄りスポット
豊功神社
長府庭園の花菖蒲と紫陽花
長府庭園の紅葉
城下町長府ひなまつり
………………………………………最終更新日
2026/03/01
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