本州最西端に位置し、三方を海に囲まれ自然美にあふれた山口県。
今日はどこを旅してみようかな♪
応徳年代(1084〜1086)の頃、豊田氏の二代・輔平が、この地に築地の館を構えたことから館ヶ浴(やかたがえき)と呼ばれています。この地の丘には、京都から祇園を勧請し館の鎮守として代々引き継がれています。
ここにある一本の五色八重散椿は園芸種の咲き分けで、庭園用樹の椿を入手して、館の庭園に植栽したと推測されています。樹齢は歴史的に見て600年以上と推定。豊田町(現下関市豊田町)天然記念物に指定され、4月初旬から中旬に見ごろを迎えます。
2020年9月に台風による強風の影響のため倒木しましたが、地中に残っている根から若い芽が伸びていることも確認されました。椿が完全に枯死したこではないことから、下関市指定天然記念物の指定解除はされていないようです。
歴史も古く、樹高は約10mにも及ぶ五色八重散椿。
以前はもっと大きく見えたようだけど、2010年の大雪で枝が折れてしまったんだとか。現在は住民の手によって修復されている。2010年以前に来ていればもっときれいに見えていたと思うと悔しい。豊田は今まで何度旅してきたことか…。
下松市の「鼎の松」の時同様、知っている名所は早く行っておくべきという教訓を得た(笑)また、花は首から落ちずに花弁が一枚一枚離れて散る特徴があり、その様がそのまま品種名となっている。
2013年4月8日に訪れたときは見頃だったけど、前日までの大雨と強風で散り始めていた。五色八重散椿の前にはベンチも設置されており、のんびり椿を楽しむことができる。この日も座って眺めていると、椿の花弁が舞ってきれいだった。
近くに道の駅蛍街道西ノ市があるので、飲み物でも買って眺めてみるといいかも。館ヶ浴の椿へと向かう道の入口にある豊田氏の館跡の石碑。
これを目印に曲がれば椿を見れるが、道の駅蛍街道西ノ市側から来ると少し分かりづらい。カーブになっているし、裏側なので初めてだと通り過ぎる可能性もある。実際、通り過ぎてしまった(笑)豊田氏の館跡
豊田氏の2代目の輔平・3代輔行等が一ノ瀬に定住し、豊田郡司となった。大内、厚東氏と並ぶ防長の大豪族の1つである。居館のあった「広畠」は城山の東側ふもとの丘陵地ですぐ上の山谷を「館ヶ浴」といい、隣地を「オビイ屋敷」といった(説明板より抜粋)。
館ヶ浴の五色八重散椿
旅をした日
2013年04月08日
………………………………………開園時間 / 入園料
特になし
入り口は紐で縛られているので、
紐を解いて中に入り、
最後に見終わった人は必ずまた
紐で縛って帰るようになっている
………………………………………駐車場
4台
………………………………………周辺の立ち寄りスポット
道の駅蛍街道西ノ市
………………………………………最終更新日
2023/03/20
内容追記