本州最西端に位置し、三方を海に囲まれ自然美にあふれた山口県。
今日はどこを旅してみようかな♪
源氏に敗れた平家が滅亡に至った源平合戦最後の戦い「壇ノ浦の戦い」で、死を決意した二位の尼に抱かれて入水した安徳天皇の御遺骸を埋葬されたところといわれています。
下関市豊田から長門市俵山へと続く県道38号線沿いにある安徳天皇西市御陵墓(参考地)。入口にのぼりが立っているので分かりやすいと思うが、紅葉シーズンだと1本のモミジが色づいてより分かりやすい。さて、安徳天皇と言えばご存じ源平合戦最後の戦い「壇ノ浦の戦い」で、死を決意した二位の尼に抱かれて入水した人物。
その安徳天皇が埋葬された墓が豊田にあるわけだけど、正式に赤間神宮の安徳天皇阿弥陀寺陵が御陵と1889年(明治22)に決定しているので、ここは参考地となる。正式決定されているのになぜ参考地がまだあるのかというツッコミはなしだ。
御陵とされるのは石段を上がった先にあるんだけど、見ての通り中に入ることはできない。目の前には「御衣洗の池」がある。安徳天皇の亡骸の御衣の穢れを池水で洗って清めたと伝えられる。
そして「古刀出土の地」の石碑も建てられている。ちなみに参考地は全国にいくつかある。安徳天皇は入水せずに平家の落人とともに地方に落ち延びたという伝説が残っているから。
そして最後に。この御陵は実は卑弥呼の墓だという説もある。驚かされる説ではあるが浪漫があっていいね。